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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3621号 判決 1966年2月15日

原告 横井通商株式会社

被告 国 外一名

代理人 鎌田泰輝

主文

一、原告の被告らに対する請求は、いずれもこれを棄却する。

一、訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

第四、争いのない事実

(1)  本件荷為替の振出しと被告銀行の買取

原告がバイヤーを引受人ならびに支払人とする本件荷為替を振出し、被告銀行が原告主張の日時にこれを買取つたこと。

(2)  輸出手形保険関係の成立

被告銀行と被告国との間には輸出保険法に基く輸出手形保険契約が締結されており、本件荷為替については右買取の日時に保険関係が成立したこと、右契約には原告の指摘するような振出人に対する請求制限の規定があること。

(3)  保険事故の発生と保険金不払の決定

ところがバイヤーが本件荷為替の引受、支払を拒絶し保険事故が発生したので、被告銀行が被告国に対し保険金の支払を請求したところ、被告国は本件保険事故の発生は原告の責に帰すべき事由によるとして昭和三六年一〇月九日保険金の不払を決定したこと。

(4)  被告銀行の原告に対する遡求

そこで、被告銀行は、原告に対し本件荷為替の支払を遡求し、原告主張の如き、相殺、弁済充当の意思表示をなした(但し、被告国との関係では証人波田野早苗の証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証により、これを認める)。

第五、争点

―本件保険事故発生に関する原告の帰責事由―

一、原告は、本件保険事故の発生については何ら原告の責に帰すべき事由はなく、被告国の保険金不払の決定および被告銀行の原告に対する遡求はいずれも不当であると主張するので、以下この点について検討する。

(1) (証拠省略)

(2) (証拠省略)

(3) (証拠省略)

(4) (証拠省略)

(5) (証拠省略)

以下の証拠を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和三四年七月三日、バイヤーとの間に、訴外野田栄構工株式会社のOIC印クローム鋼ボールベアリングの輸出供給契約を結び、総数量八五、〇五〇個を同年八月以降三回に分けて船積輸出する旨約定し(なお、バイヤーをアルゼンチンにおける原告の総代理店とする旨の代理店契約の締結は同年八月五日)、同年八月一七日、第一回分として数量二二、九〇〇個をバイヤーに宛て船積輸出し、次いで、第二回分を同年九月三〇日と一〇月三一日に船積し、第二回分については四通の荷為替を振出した。

(二)  ところが、第一回船積品のなかには、約旨に反し、カーボン鋼製のもの、契約外の銘柄品であるKKF印のもの、規格外の粗悪品等が混入していたため、これに憤慨したバイヤーから原告に対し同年一一月九日附の書面(乙第二号証の一)でクレームが出された。

(三)  これに対し、原告は一部包装に誤りがあつたとして代金一五%の値引を申入れて交渉したが、バイヤーはこれをうけ入れず、同月二〇日附書面(乙第三号証の一)で原告からのバイヤー宛の船積を引受けない旨表明し、次で原告の新製品を送つた旨の電報(甲第六号証の一)に対し同月二三日附書面(乙第四号証の一、甲第六号証の四)でクレームが解決するまではバイヤー宛いかなる船積も行わないよう申入れた。

(四)  そして、その後も、原告とバイヤーの間でクレーム解決のため交渉が重ねられ、バイヤーから同年一二月五日原告着の電信(甲第六号証の六)により第一回船積品の代金を五五%値引くならば販売可能との意向が示された。これに対し、原告は同月七日発信の電報(甲第六号証の七)および同月八日附書信(乙第一八号証の一)で三一〇〇ドルの値引を申出たが、バイヤーは、原告の右申出に応ぜず、同月一四日附書信(乙第五号証の一)で、原告に対し、積荷を引取るか四二二〇ドル値引せよとの最終案を示すとともにバイヤーから再び指図のあるまではバイヤーに宛て新しい船積を行わないよう申入れてきた。

(五)  そこで、原告は、同月二一日附書信(乙第六号証参照)で四二二〇ドルの値引を承諾するが第二回船積分の手形を引受けてほしい旨依頼し、翌二二日附書信(乙第一九号証の一)でも同旨の申入れをなし、更に同月二六日附書信(乙第六号証の一)でバイヤーにおいて第二回船積分に対する手形の支払を引受けてくれるならば四二二〇ドルの値引に応ずる用意がある旨被告銀行船場支店を通じて表明し、これはアメリカ銀行大阪支店よりアルゼンチンの取立銀行を介してバイヤーに伝達された。

(六)  しかるところ、バイヤーからは同月二八日附書信(乙第七号証の一)で原告からの前記二二日附書信(乙第一九号証の一)の受領を確認するとともに四二二〇ドル値引した手形を送れば第二回船積分を引受ける旨の回答があり、更に、同月三一日バイヤーから原告に宛て第二回船積分の手形を引受ける旨の電信(乙第八号証の一)が届き第一回船積分に対するクレームおよび第二回船積分の手形の支払の問題は解決した。

(七)  ところで、原告は、バイヤーに対する第三回船積を同月一六日、二二日、三〇日の三回に亘つて行い本件荷為替を振出したものであるが、これについては、別段、バイヤーの了解、承認を得るような措置はとらなかつたこと、

(八)  バイヤーは、取立銀行より本件荷為替の引受、支払を求められたのに対し、「第一回船積につき原告に違約があつたため、原告に対しバイヤー宛の船積を差控るよう、もし、船積してもバイヤーは責任をもたないと通知してある」旨言明し、これを拒絶していること、また、バイヤーは原告のほかに日本商社数社とベアリングの取引をおこなつているが、これら日本商社からバイヤーを支払人として振出された荷為替については、本件荷為替と前後して振出されたものについても、すべてこれを引受、支払つていること。

以上の事実が認められる。

尤も、原告は、同年一二月八日附電報(甲第六号証の一〇)にて、バイヤーの五五%値引を承諾する旨発信し、更に、同日附で、右値引承諾と第二回船積分に対する荷為替の引受を依頼した書面(甲第六号証の九)と第三回船積を予告し不同意のときは直ちにその旨返電してほしい旨記載した書面(甲第一五号証の一)を発信したにも拘らず、バイヤーから何の連絡もなかつたと主張し、原告代表者尋問の結果のうちには右主張に添う供述がある。しかし、前出(証拠省略)の結果によれば、(証拠省略)の日附は、もとDecember 21 1959とあつたものが、後にDecember 8 1959と改ざんされていることが明らかであり、この事実に照すと、果して(証拠省略)の如き電信およびこれをその内容に引用する(証拠省略)の如き書面が同月八日附でバイヤーに宛て発信されているかどうか疑わしいと言わざるを得ない。また、(証拠省略)についても、これと同日附で、バイヤー宛に三一〇〇ドルの値引でクレームを解決してほしい旨申入れている書面(乙第八号証の一、その真正に成立したものと認むべきことは前示のとおり)が存在することに徴すると、これに関する右代表者の供述も採用し難い。

結局、原告代表者尋問の結果のうち前記認定に反する部分は措置し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、以上認定の事実に照すと、バイヤーが本件荷為替の引受、支払を拒絶した理由は、バイヤーの言明する如く、第一回船積につき原告に違約があり、バイヤーからは改めて指図するまでは船積を行わないよう要請されていたにもかかわらず、原告がその指図をまたず、また事前にその了解、承認を得ることもしないで第三回船積を行つたことにあると認めるのが相当である。そして、原告とバイヤーの間の取引について紛争を生じたそもそもの原因が原告の第一回船積における契約違反にあつたことを考慮すると、原告が、バイヤーの船積を差控えるようにとの申入れを無視し、クレームが完全に解決する以前に第三回船積に着手したことは、たとえ原告においてそれが昭和三四年七月三日に締結された契約の履行の一部として行つたものとしても、国際貿易を行う商社の態度としては甚だ慎重を欠くものであつたと言わざるを得ない。

すなわち、前認定の取引、交渉の経過に照らせば、原告が本件荷為替を振出した際にはバイヤーが本件契約中の未履行の部分を解除すると共にその引受、支払を拒絶することが充分予測され得る状況にあつたというべきであり、それにもかかわらず、原告がバイヤーが手形を引受けるかどうかその意向を確かめることなく本件荷為替を振出し被告銀行よりこれが割引を受けたことは軽卒のそしりを免れず、本件保険事故の発生について原告の責めに帰すべき事由がなかつたことは認め難い。

第六、結論

一、しかして、輸出手形保険約款第一二条には、銀行は、保険事故が発生したときは―それについて手形振出人の責に帰すべき事由のない場合を除き―当該手形につき遅滞なく手形上の権利を行使すべき旨定められているところ、本件保険事故の発生について原告の責に帰すべき事由がないと認められないことは前示のとおりであるから、被告銀行が原告に対し本件荷為替の支払を遡求したことは、右約款の趣旨にそうものでこそあれ、これに反するものではなく、被告銀行の原告に対する前示相殺および弁済充当の意思表示はこれを有効と認むべきである。したがつて、その無効なことを前提とする原告の被告銀行に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

二、また、被告国に対する請求についても、原告は、元来、本件荷為替の振出人として全面的にその遡求義務を負うべきものであり、前記保険契約に原告の指摘するような被告国の支払義務を定めた条項(第九条)および振出人に対する遡及制限の条項(第一九条)があるからといつて、当然にその遡求義務を免れるものでなく、被告国が振出人たる原告の帰責事由の有無にかかわらず保険金を支払うべきであるとか、原告が前記遡求を受けたことをもつて被告国が被告銀行に対し支払うべき保険金をこれに代つて支払つたものと解すべき理由はない。輸出保険法および輸出手形保険約款を検討してもそのように解すべき理由は見出し得ない。したがつて、原告が、被告銀行から手形法上の遡求権を行使されその預金債権の相殺をうけたとしても、それは本来自己の負担すべき債務を弁済したにすぎず、被告国との間に原告が主張するような求償関係を生ずる余地はない。被告国に対する請求も理由がなく棄却を免れない。

三、よつて、原告の被告両名に対する請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀井左取 今枝孟 上野茂)

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